父と暮らせば

父と暮せば 通常版 [DVD]

父と暮せば 通常版 [DVD]

ご存じ、井上ひさしの同名戯曲を黒木和雄監督が映画化したヒューマンドラマ。原爆投下3年後の広島を舞台に、原爆で父や友人知人を失い、ひとり生き残ったことに負い目を感じ、幸せに身を投じられないでいる娘(宮沢りえ)と、そんな娘を心配して姿を現した父の幽霊(原田芳雄)が過ごす1週間を描いています。
登場人物は、父と娘、娘が想いを寄せる青年の3人。青年は回想シーンくらいにしか登場しないので、ほぼ全編が父と娘の2人による会話劇と言って良いでしょう。まず、ですね、とにかく宮沢りえさんが美しい…同じ人間とはとうてい思えません。極力色彩を廃した画面に、可憐な野バラの花ような彼女が現れると、途端にパっと華やぎます。デジタルリマスター&カラリゼーション、くらいのインパクトで。石造りの旅館(兼住居だったんでしょうけど)というセットの効果も相まって、まるでイタリア映画を見ているようでした。また今を生きる娘役の宮沢さんの“静”の演技が、映画らしいリアリズムを、夢幻の世界の住人である父の原田芳雄さんの飄々としたたたずまいとユーモラスな動き、リズミカルなセリフ回しが、舞台のダイナミズムを、この作品に与えています。
演出も舞台を踏襲しているのか、シンプルで場面転換が少なく、ともすれば退屈に堕ちかねない作品なのに、そうならなかった最大の功績は、やはり寓話性とユーモアに富んだ脚本にあると思います。物語はひとことで言ってしまえば、死者が期間限定で戻ってくるというファンタジーなのですが、ファンタジーが現実を映すというのか、現実には起こりえない、夢のような、幸せな出来事の中に、現実の辛さ、悲しさが滲み、また父娘が繰り広げる思わず笑ってしまうような丁々発止のやりとりが、見るものの涙を誘います。